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2015.01.15  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

落語のやりがい

──落語をやっててよかったと思うことは?

やっぱり私の落語がお客さんにウケたとき。お客さんの笑顔を見られたときが一番幸せですね。最近は外国人のお客さんも多くなっています。子どもから年配の方まで、外国人と日本人が一緒に笑うのはすごくいいことですね。

あと、終わった後にみなさんのアンケートを読むのが楽しみです。「ダイアンの落語はとてもおもしろかった」「勉強になりました」「これからもっと落語を見に行きたい」という感想をもらったとき、特に「日本人なのに生で初めて落語を観ました」というのがうれしい。その人が初めて見たのが私の落語、それはすごいうれしいですよ! 海外公演でも、日本の落語を見たことない人が来てくれて、「すごく楽しかった。また見に行きたい」とか「次はいつ来るの?」とか言われたらすごいうれしい。よかったよかったと思います。

私は常々いい立場にいるなと思っています。イギリスと日本の2つの文化を知っているから。日本に来る前は日本のこと全然知らなかったけど、日本で勉強したことをイギリスに持って帰れる。とてもラッキーなことです。


──逆に難しい点、たいへんな点は?

習い始めの頃は、古典落語に出てくる言葉や落語の作法を覚えるのがたいへんでした。あとはやっぱりネタを覚えることとネタ通りに演じることがすごく難しかった。

それと落語は男の世界。ネタも男性が書いていたので、登場人物もほとんどが男性。女性は芸者、奥さんくらいでとても少ない。それが物足りなかったし、女性の私が一人で複数の男性を演じ分けるのもすごく難しかった。おじいちゃんとか侍だったら声色や座り方、言葉遣いで演じ分けられるけれど、同じような年齢の人は難しかったですね。演じながら、見る人はちゃんと分かってるかなと不安でした。もっと女性を入れたいと思っていろいろな落語家に相談したら、古典落語なら本当は男性だけど女性に変えていいし、ネタ自体も自由にアレンジしていいんだよと言ってくれたので、楽になったし、演じ方も広がりました。

英語落語を披露するダイアンさん(ドバイ公演にて)

──落語をしているときにたいへんだったエピソードはありますか?

これまでいろんなハプニングが起こりました。例えばお客さんが急に倒れて救急車で運ばれたり、携帯電話が鳴ってそのまま喋り続ける人がいたり、赤ちゃんがずっと泣き止まなかったり。高座が崩れたこともあります。テーブルの上で喋っていたとき、会場のスタッフが脚をちゃんとロックしてなかったから片方の脚だけロックが外れてがくんと傾いて、座布団の上に座ったまますーっと滑り台みたいに床まで滑り落ちちゃった(笑)。お客さんはネタだと思って大爆笑。違う、違う、ネタじゃないよと(笑)。後でビデオを見たらきれいに滑ってて自分でも笑いました(笑)。

好きなことだから耐えられた

──では落語をやめようと思ったことはないのですか? 外国人でしかも女性ということで、かなりつらいこともあったのではないかと思うのですが。

確かにこれまでいろいろな壁がありました。今から16年前くらい、私が落語を始めたとき、「外国人は日本人の心がわからないから落語は無理」とか「女性は落語ができないからやらない方がいい。生け花とか三味線をやった方がいい」とか、落語の関係者やお客さんなどからネガティブなことを言われたこともありました。私だけじゃなくて他の女性落語家も同じようなことを言われていたようです。

それと、落語は日本の文化の中でもすごく歴史のある世界で、私がこれまで全然知らなかった世界。だから偉い師匠と楽屋が一緒になったら敬語の使い方を間違わないか、きちんと礼儀作法ができるか、粗相をしないか、緊張してドキドキしていました。また、当時外国人で落語をやってる人がいなかったから、言葉の問題で壁にぶつかったときに相談できる人がいなかった。それもつらかったですね。

でも私は落語が好きだったから、落語をやり続けたかったから、どんなにつらいことがあってもやめたいとは思わなかった。それと、続けるうちに何百人ものお客さんが私の落語を聞きに来てくれるようになったことで、責任感が持て、ネガティブな声を気にしないようになりました。お客さんからの「今日のダイアンの落語はよかった、おもしろかった」というメッセージが私に落語を続ける力をくれました。つらいこと、たいへんなことはたくさん巡ってきたけど、今はとても楽しいからあきらめなくて本当によかったと思っています。また、なかなか入れない落語の世界に入れてとてもラッキーだったと思います。


──そういう意味では枝雀師匠との出会いは大きいですね。

本当にそうですね。もしあのとき、枝雀師匠の落語を見なかったら落語家になっていないかもしれません。今何をやっているか、日本にいるかどうかもわからない。私の人生は枝雀師匠との出会いで完璧に変わりました。運命だったと思います。

おかげで今、落語を仕事にしているから毎日すっごい楽しい。いつもいろんな人に会ってるし、退屈な日は全くありません。新しいネタを考える時間がないとか、忙しくてあまり寝られないこともありますが、落語はネタさえ覚えれば世界中どこでもできるから、いい生活をしてるなと思っています。

ダイアン吉日(だいあん きちじつ)
イギリス・リバプール生まれ。英国人落語家/バルーンアーティスト。

ロンドンでグラフィックデザイナーとして働いた後、子どものころからの夢だった世界放浪の旅に出る。1990年、旅の途中で友人に勧められ日本へ。たちまち華道・茶道・着物などの日本文化に魅了される。後に華道、茶道の師範取得。1996年、英語落語の先駆者、故・桂枝雀氏の落語会で「お茶子」をする機会を得て落語との運命の出会いを果たす。その巧みな話芸とイマジネーションの世界に感銘を受け落語を学び始め、1998年初舞台を踏む。以来、古典から創作までさまざまな工夫をこらして英語・日本語の両方で国内外で落語を公演。「わかりやすい落語」と幅広い年代に愛されている。また、ツイスト・バルーンを扱うバルーンアーティストとしても活動中。今までに40ヵ国以上を旅した経験談や、日本に来たときの驚き、文化の違いなどユーモアあふれるトークを交えての講演会も積極的に開催。その他、落語、バルーンアート、着物・ゆかたの着付け教室、ラフターヨガ、風呂敷活用術、生け花教室、即興劇などさまざまなワークショップの講師としても活躍中。現在はどこのプロダクションにも所属せず、フリーで活動を行っている。2011年に発生した東日本大震災では被災地で落語やバルーンアートなどのボランティア活動で多くの被災者を励ました。また、これまでの日本と海外の文化の懸け橋となる国際的な活動が高く評価され、2013年6月に公益財団法人世界平和研究所において第9回中曽根康弘賞 奨励賞を受賞。テレビ、新聞、雑誌などメディア出演多数。

初出日:2015.01.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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