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2015.01.05  取材・文/山下久猛 撮影/大平晋也

日本文化にハマる

──当初、大阪ではどんな生活を?

茶道と華道のお稽古中のカット。後に両方とも師範の資格を取得

日本の文化に触れたかったので、友だちにまず陶芸の学校を紹介してもらって習い始めました。その後、生け花の学校に通い始めました。生け花を勉強したらデザイン関係の仕事に役に立つかなと思ったし、師範の資格を取ったら生徒に教えることもできるかなと思ったからです。生け花を習っていたときに、大阪でかわいい長屋を見つけて引っ越して一人暮らしをするようになりました。その家を見つけるまでに8回くらい引っ越ししました。めっちゃ気に入っていましたが、事情があって住めなくなったので、また別の長屋を探して住み始めました。

生け花の師範の資格を取った後は茶道や着物の着付けも習いました。日本の文化をひとつ知って好きになると、また別のことを習いたい、もっと深く日本のことを知りたいと思うようになったんです。特に着物が大好きで、落語を始めてからはさらにハマり、今では着物300着以上、帯は100本以上持ってます。


──日本に来たときは日本語が全然できなかったわけですよね。どうやって覚えたんですか?

あまりちゃんとは勉強していません。当初は日本に住むつもりなんてなかったから、中途半端な日本語を覚えても意味がないと思っていたからね。でもだんだん日本が気に入って2年目に一人暮らしを始めると、やっぱり自分で何でもやらなあかん状況になってきて日本語の参考書を買って勉強しました。あとは日本人の友だちとの会話を繰り返すことで覚えました。


──言葉の壁は大きな問題だと思うのですが、コミュニュケーションで苦労したことは?

最初の方は、日常会話はできるけど、心から説明したいことや、深い話はできなかったのがつらかったね。敬語も難しいね。あと日本語は読み書きがすごい難しい。今でも難しいけど、今はアシスタントがいるから大丈夫です。

特に困ったのは食べ物の問題ですね。私はベジタリアンなので野菜しか食べられません。肉や魚はもちろん、かつおだしもダメだから、それをうまく人に説明できなかったのが一番のストレスでした。食材の買い物をするときも、漢字が読めないので使われている材料がわかりません。心配で何も食べない日も多かったです。


──知り合いもいない、言葉もわからない異国の地に来たばかりの頃はさびしさは感じませんでした?

大阪でのウイッグパーティーにて

私は元々寂しがり屋じゃないから一人でも全然大丈夫。一人で世界を回っていたからどうしても自分でも何でもやらなきゃいけないし、行く先々ですぐ友だちを作っていたので。


──友だちはどうやって作ったのですか?

元々人と話をするのが好きだから近所の人や遊びに行ったときに出会った人、友だちの紹介で知りあった人と仲良くなりました。

「電車でマンガ」にびっくり

──カルチャーショックを受けたことなどは?

日本に来る前は日本に対してのイメージが全然なかったので驚きの連続でした。電車の中で大人が堂々と漫画を読んでいるのを見たときは笑いましたね(笑)。決してバカにする意味じゃなくて、外国ではそんな光景は見たことがないから単純におもしろかったんです。最近はあんまり見ないですね。みんなスマホだから(笑)。


──最初から日本に住もうと思っていたわけではないんですよね。それを決めた決定的な出来事はなかったんですか?

最初はバッグパッカーの気持ちで、いつかは日本を去ってまた別の国に行くつもりだったけど、いろんな日本文化に触れるたびにもうちょっと日本にいたいと思うようになり、気がつけば家に荷物がどんどん増えて、完全に定住してしまいました(笑)。いつ日本に住む意志が決まったのか、はっきりとは覚えていません。少しずつ、ですね。友だちからは「いつもダイアンは自分はバッグパッカーや言うてるけど、家に家具も着物も道具もたくさんある。完璧に住んでるやろ」とツッコまれるのですが、「そやね、住んでるよね」と答えています(笑)。

ダイアン吉日(だいあん きちじつ)
イギリス・リバプール生まれ。英国人落語家/バルーンアーティスト。

ロンドンでグラフィックデザイナーとして働いた後、子どものころからの夢だった世界放浪の旅に出る。1990年、旅の途中で友人に勧められ日本へ。たちまち華道・茶道・着物などの日本文化に魅了される。後に華道、茶道の師範取得。1996年、英語落語の先駆者、故・桂枝雀氏の落語会で「お茶子」をする機会を得て落語との運命の出会いを果たす。その巧みな話芸とイマジネーションの世界に感銘を受け落語を学び始め、1998年初舞台を踏む。以来、古典から創作までさまざまな工夫をこらして英語・日本語の両方で国内外で落語を公演。「わかりやすい落語」と幅広い年代に愛されている。また、ツイスト・バルーンを扱うバルーンアーティストとしても活動中。今までに40ヵ国以上を旅した経験談や、日本に来たときの驚き、文化の違いなどユーモアあふれるトークを交えての講演会も積極的に開催。その他、落語、バルーンアート、着物・ゆかたの着付け教室、ラフターヨガ、風呂敷活用術、生け花教室、即興劇などさまざまなワークショップの講師としても活躍中。現在はどこのプロダクションにも所属せず、フリーで活動を行っている。2011年に発生した東日本大震災では被災地で落語やバルーンアートなどのボランティア活動で多くの被災者を励ました。また、これまでの日本と海外の文化の懸け橋となる国際的な活動が高く評価され、2013年6月に公益財団法人世界平和研究所において第9回中曽根康弘賞 奨励賞を受賞。テレビ、新聞、雑誌などメディア出演多数。

初出日:2015.01.05 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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