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2014.12.15  取材・文/山下久猛 撮影/山田泰三

虚と実を考える

食の杜・室山農園にある研修施設「忠庵」

──都市の奴隷にならないとはどういうことですか?

基本的に都会で行われているのは消費だけです。食べ物もエネルギーも自分たちでは何も生み出してはいません。消費だけということは環境に負荷を与えるということ。子どもたちに残すべき資源をどんどん浪費する。生活がよくなるということはそういうことでしょう。生産の伴わない生活者というのは広い意味での犯罪者です。

これまでの日本では農村は都会を支えるためにあるという位置づけですが、それは少々傲慢だと思います。我々田舎は都会の人が生きるために食料や原料などを生産して提供することができるけど、都会から田舎へ来るものはなくてもいいものばかり。

東京の多く人は原発反対と言ってますが、そのために自分の生活をスローダウンして、品位のある簡素な生活を送ることができるでしょうか。それを食の杜で構築しようというのが仲間の共同理念ですよ。何も特別なことではありません。

だから何が虚で何が実かということを改めて考え、今の生活を非常識と見て、問題を正していくことが今必要じゃないかと思います。

親の背中を見て子は育つ

──近年食育という言葉が注目されていますが佐藤さんが考える食育とは?

食育の基本は「生命の本質」を見つめ直し、真の豊かさとは何かを訴えていくことでしょうね。しかし本来は食育という言葉なんて使う必要はないはずです。親の背中を見て子は育つといいますが、親がきちんとした食生活をしていないから食育という言葉がもてはやされる。例えば母親が手抜きして食事をジュースとパンなどすると、子どもの知力や性格に悪影響を及ぼします。今一度、大人が食生活を見つめ直すことが必要だと思います。


──どんな食事を心がければよいのでしょう?

まず、一つのものを根も葉もすべて食べること。これを「一物皆食」といいます。また、その土地で取れた旬のものをその土地の料理法で作って食べるのが一番いい。これを「土産土法」といいます。こういうことを手間を惜しまず心がければ心身ともに健康になり、結果食料自給率も上がると思います。

同時にこれらは地産地消の根本にある考え方です。地産地消とはどのくらいの範囲のことをいうか知っていますか? そもそもは日帰りのできる範囲のものを食べることです。私は夜這いができる範囲だと言っています(笑)。


──今はどんな生活を?

もう94歳なので木次乳業や牧場の経営から引退して一切タッチしていませんが、多少の緊張感がないと人間ダメになるし、朝、今日の用事があるかないかで人の健康が変わってくるので、時々食の杜に来てどぶろくを作ったりしています。食の杜にいるといろんな人が訪ねて来ますからね。

佐藤忠吉(さとう ちゅうきち)
1920年島根県生まれ。木次乳業創業者。現在は相談役。

小学校卒業後、家業の農業に従事。1941年から6年間、中国本土で軍隊生活を送る。1955年から仲間と牛乳処理販売を始め1969年に木次乳業(有)社長に就任。1950年代から有機農業に取り組み、1972年木次有機農業研究会を立ち上げ、地域内自給にも取り組む。1978日本で初めてパスチャライズ(低温殺菌牛乳)牛乳の生産・販売に成功。1989年、自社牧場として「日登牧場」を開設。日本で初めてブラウンスイス種を農林水産省から乳牛として認めてもらい、中山間地を牛の力で開発するモデル牧場となる。1993年、かつての日本にたくさんあった、小さな集落での相互扶助的な生活、教育も福祉も遊びすら含めて生活・生産のすべてを共有していた「地域自給に基づいた集落共同体」の復活を目指しゆるやかな共同体を発足。野菜を作る農園、国産大豆を原材料とする豆腐工房、ぶどう園とワインエ場などが集まる「食の杜」を拠点に、平飼いの鶏が産む有精卵、素材や水、加工法にこだわった醤油、酒、食用油、パンなどの生産者をネットワーク。生涯一「百姓」として、地域自給、村落共同体の再生に取り組んでいる。その実践は、農村の保健・医療・福祉の向上にも尽くしたとして、日本農村医学会の「日本農業新聞医学賞」を受賞。2012年雲南市誕生後、初の名誉市民となった。

初出日:2014.12.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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