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2014.12.15  取材・文/山下久猛 撮影/山田泰三

ゆるやかな共同体を目指して

──農園やワイナリーなどいろいろな事業者が集まっている「食の杜」とはどんな場所なのですか?

これまで私は雲南の仲間たちと自給自足ができる小規模多品目複合経営を目指してきました。酪農と乳業だけでなく、農家と加工営農を含めたネットワークを作り、地域的広がりのなかで多面的な生産をしていきたい。そうしたうえで消費者と直結した流通、生産活動ができれば、とても幸せだと思います。

その私たちの思いを形にするため、1993年、地域の仲間たちと「ゆるやかな共同体」を作ってかつてあった集落共同体を再現しようと雲南市木次町の山間部に「食の杜」を作りました。そもそもは、合併前の町長だった田中町長が私たちの思いに賛同してくれて、町が事業主体となり山間部の荒れた農地を整備し、それを生産者や消費者、研究者、医療関係者など職業も年齢も越えた人々が基金を出し合って自分たちの農場にしたいとの思いで買い取ったのが始まりです。

現在、「食の杜」にはワイナリー「奥出雲葡萄園」、有機野菜を作る「室山農園」、無農薬による葡萄栽培に取り組む「大石葡萄園」、国産丸大豆と天然塩のにがりを原料とする豆腐を作る「豆腐工房しろうさぎ」、国産小麦粉、木次牛乳などを原料とするパンを作る「杜のパン屋」などが入植しています。そしてここを拠点に平飼いの鶏が産む有精卵、素材や水、加工法にこだわった醤油、酒、食用油、パンなどの生産者をネットワークして、これらの食品を宅配便で消費者に送る事業もしています。

また、「食の杜」の敷地内にあるゲストハウスには、農業に関心のある青年や大学生に加え、社会学や経済学を学ぶ人たちも集まってきて、汗を流しています。土に親しむ人が増え、それぞれの地域で新しい核になってもらえたらいいと思っています。

地域は活性化ではなく沈静化がふさわしい

小さな集落での相互扶助的な生活、教育も福祉も遊びすら含めて生活・生産のすべてを共有していた社会。すなわち、かつての日本にたくさんあった「地域自給に基づいた集落共同体」を見直したいと考えています。こうした共同体が、日本民族固有の文化を維持し、健やかな社会、人間蘇生の社会への「回帰」を可能にする。近年、国を挙げて「地域活性」とか「地域おこし」という言葉が叫ばれていますが、ほとんどが経済、つまり金儲けが主目的になっています。そうではなく、小さな共同体で小規模でいいから自給自足することを考えた方がいい。地域は活性化より沈静化がふさわしい時代だと考えています。


──佐藤さん、あるいは木次乳業としては食の杜の中ではどのような活動をしているのですか?

木次乳業としては室山農園と奥出雲葡萄園の経営に関わっています。奥出雲葡萄園にはレストランもあり、農園で作った無農薬野菜、ブラウンスイス種の肉、木次乳業のチーズなどが味わえます。室山農園には無農薬有機栽培による酒米を使った「どぶろく製造所」があり、私もときどきどぶろく造りに参加しています。これも作るのはごく少量です。

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食の杜、室山農園の無農薬有機栽培による酒米を使った、どぶろく製造所

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地域で採れた食材を食べるイベントや宿泊もできる茅葺の家

奥出雲葡萄園で作るワインももちろん無農薬で作ったブドウを使っています。自分が飲むことを考えた時、農薬をたっぷり含んだブドウで作ったワインは飲みたくない。だからたくさんは作りません。この食の杜はこの地域の自給自足のために作った共同体ですから、作り手である自分たちが飲んだり食べたりする分が基本で、それにプラスして消費者の分を少し作る程度です。利益優先の大量生産ではどうしてもごまかしが入ります。それが嫌なんです。

佐藤忠吉(さとう ちゅうきち)
1920年島根県生まれ。木次乳業創業者。現在は相談役。

小学校卒業後、家業の農業に従事。1941年から6年間、中国本土で軍隊生活を送る。1955年から仲間と牛乳処理販売を始め1969年に木次乳業(有)社長に就任。1950年代から有機農業に取り組み、1972年木次有機農業研究会を立ち上げ、地域内自給にも取り組む。1978日本で初めてパスチャライズ(低温殺菌牛乳)牛乳の生産・販売に成功。1989年、自社牧場として「日登牧場」を開設。日本で初めてブラウンスイス種を農林水産省から乳牛として認めてもらい、中山間地を牛の力で開発するモデル牧場となる。1993年、かつての日本にたくさんあった、小さな集落での相互扶助的な生活、教育も福祉も遊びすら含めて生活・生産のすべてを共有していた「地域自給に基づいた集落共同体」の復活を目指しゆるやかな共同体を発足。野菜を作る農園、国産大豆を原材料とする豆腐工房、ぶどう園とワインエ場などが集まる「食の杜」を拠点に、平飼いの鶏が産む有精卵、素材や水、加工法にこだわった醤油、酒、食用油、パンなどの生産者をネットワーク。生涯一「百姓」として、地域自給、村落共同体の再生に取り組んでいる。その実践は、農村の保健・医療・福祉の向上にも尽くしたとして、日本農村医学会の「日本農業新聞医学賞」を受賞。2012年雲南市誕生後、初の名誉市民となった。

初出日:2014.12.15 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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