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2014.10.01  取材・文/山下久猛 撮影/宋英治

これまで身につけたスキルが自信に

──なぜそう思ったのですか?

社会科見学や写真家、あるいはステーキ部などの活動を通して人の集め方や参加者が喜ぶポイントをわかっていたので、そういうスキルが町おこしに活かせるんじゃないかなと。また、ただ見学して「楽しかった」ではなく、見学させていただく施設の方や協力してくれる団体にすごくお世話になるので彼らに恩返しをしたいと記事やレポートを書いたりしていたのですが、その経験も役に立つだろうと。僕らが見学するまで一般的にはあまり知られていなかった首都圏外郭放水路やKEKなどは僕らがワイワイ楽しみながら紹介したことで認知度が上がったという側面もあると思うんです。そういう現象をちゃんと利用すれば町おこしができるんじゃないかなと思ったわけです。


──うまくいかなかったらどうしようとかは考えなかったのですか?

考えなかったですね。なぜなら、社会科見学活動を通してそれを実現するためのスキルが僕にはあるからです。例えばWeb制作、写真撮影、情報発信、集客能力などを駆使すれば十分できると思いました。これだけ特殊な場所だから、ちゃんと情報発信すればクリエイターなどいろいろなおもしろい人たちが来るだろうなと踏んでいましたし、絶対にどうにかなるという自信はありました。

「人」が決め手に

──とはいえ友人・知人がたくさんいる住み慣れた首都圏から縁もゆかりもない離島へ移住して3年間も未経験の仕事をすることに葛藤や逡巡はなかったのですか?

もちろん、決心するまでものすごく悩みましたよ。これまで埼玉の実家を出たことすらない僕がいきなり離島なんかで3年間も本当にひとりで暮らしていけるのだろうかと。地域おこし協力隊だって始まったばかりの制度でしたからよくわからなかったし。

でもそれよりもやってみたいという気持ちの方が勝ったということです。例えば、今まで首都高速やKEK、土木学会などと組んで見学イベントを開催していましたが、1つの団体と行うイベントは盛り上がってもあまり横の連携はありませんし、1案件が終わったら責任もそこで終わり。でも地域おこしは行政や企業や地域などとある程度長い期間組んで、継続的にがっつり取り組めることにもすごく可能性を感じました。これまでの自分ではできなかった何か突き抜けたことができるんじゃないかなと。

でも一番大きな決め手になったのは「人」です。初めて池島に行ったときに出会った、島で唯一の食堂「かあちゃんの店」のおばさんや宿泊施設のおじさんたちがすごくいい人で。そのとき交わした会話は他愛もない普通の世間話だったのですが、2度目に行ったときも彼らは僕のことを覚えていてくれてとてもやさしく接してくれたんです。それが妙にうれしかったというか、人がいい土地だから住みやすいんじゃないかと。けっこうこういうことが大事で決め手になったりするんですよね。あとこれはネタ的な意味もあるのですが、池島は周囲4キロしかない小さい島。僕も名前が小島なので人生で1回くらい小島は小島に住まないといけないなと(笑)。

結果的には不安よりも今までとは違う新しいことがしたいとか、池島をもっと世の中に知らしめたいという気持ちが勝ったわけです。あとはこれをやり遂げたらまた一段上の新しいキャリアが見えてくると思ったことも僕の背中を押してくれました。とにかくいろいろ悩みましたが、最後はどうにかなるだろうと自分で踏ん切りをつけました。僕は動くときにいろいろと悩みますが、いつまでもぐじぐじ考えるタイプではないんですよね。それで応募〆切ギリギリで長崎市の地域振興課に申込書を送ったところ、9月上旬に面接があって、1週間後に来月から池島に来てくださいと合格通知が届きました。着任まで1ヶ月も時間がないことにはさすがにびっくりしましたが(笑)。

池島における地域おこしとは?

池島を訪れた人たちのガイドも(写真は大阪大学の先生と学生)

──「地域おこし」とひと言でいってもさまざまな要素ややり方があるし、その地域がもっているポテンシャルによっても違うと思います。小島さんが地域おこし協力隊として池島に赴任する際、「池島における地域おこし」についてはどう考えていたのですか?

まず、長崎市の地域おこし協力隊の担当である地域振興課から最初に言われたことは、池島の観光事業を評価して、島の町おこし団体と連携・協力して島を盛り上げてほしいということでした。

確かにこの島には日本中どこを探してもないこの島にしかない素晴らしさ、魅力があります。それを一人でも多くの人に知ってほしい。そして実際に来てこの島の素晴らしさをその目で見て、感じてほしい。具体的には島に残されている石炭採掘の機械や炭鉱アパートなどの産業遺産などを使って観光で回る島にしたいと考えました。そこで、地域おこし協力隊員としての3年間を通してのテーマを「記録より記憶に残るまちづくり」と定め、さまざまな活動を開始しました。


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小島健一(こじま けんいち)
1976年埼玉県生まれ。長崎大学大学院工学研究科インフラ長寿命化センター研究員/元地域おこし協力隊員(長崎市池島)/見学家/フォトグラファー/「社会科見学に行こう!」主宰

大学卒業後、コンビニでのアルバイト、商社、IT企業、Web制作会社などを経て、2004年からフリーランスとして社会科見学団体「社会科見学に行こう!」を主宰。先端科学研究所や土木工事現場、産業遺産や工場などの見学をコーディネートを行い、大人の社会科見学ブームの火付け役となる。同時に工場などを一般向けにテレビ、ラジオ、書籍、WEBなどで紹介。また、トークライブやサイエンスシートなどを通して、技術者や研究者などの専門家と専門外の人を結びつける活動も。写真家として活動するほかに執筆、イベントやロケーションのコーディネートなども手掛ける。2011年10月から長崎市の地域おこし協力隊の一人として長崎の離島「池島」へ赴任。2014年8月まで「産業遺産で地域再生」を目標に地域おこしに従事。池島の認知度向上、来島者大幅増加に貢献。2014年9月からは長崎大学大学院工学研究科インフラ長寿命化センターの研究員として勤務。テレビ、新聞、雑誌などのメディア出演・登場多数。著書に『社会科見学に行こう! 』、『ニッポン地下観光ガイド』、『見学に行ってきた。』などがある。

初出日:2014.10.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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