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2014.06.25  取材・文/山下久猛 撮影/早坂(スタジオ・フォトワゴン)

29歳でボクサーを引退

──順調な滑り出しですね。ファイトマネーで生活できていたのですか?

プロデビューして2~3年くらいまでは勝つことの方が多かったのですが、それでもボクシングのファイトマネーで稼げるのは年間100万円程度。しかもファイトマネーって現金でもらえるんじゃなくて自分の試合のチケットを売った分が収入になるんです。だから知り合いの知り合いのそのまた知り合いまで、とにかくツテを頼りまくって必死に売りました。僕は営業がうまかったせいかいつも自分のノルマはすぐ売り切れていつもジムから追加でチケットをもらって売ってました(笑)。それでも年収100万程度ですからね。しかも大学を卒業してすぐ結婚して子どもも生まれていたので、生活は楽ではなかったですね。生活費の大半は薬剤師の妻が稼いでくれていました。日中は子守りをして、夕方仕事から戻った妻に子どもを預けてジムに行くという生活でした。

ただ、その後負けが込んでくると、さらに経済的に苦しくなってきて、30歳の大台が見えてきたとき、このままでいいのかと迷いが生じました。ちょうどその頃家計を支えていた妻が2人目の子どもを妊娠して産休に入り、収入の道が絶たれて来月払う家賃もないという状況になったとき、これはもうたいがいにせなあかんなと。また負けた鬱憤を知らず知らずのうちに家族にぶつけていることに気づいたことも、辞めどきだなと感じた大きな理由ですね。それで2003年、29歳のとき初の10回戦で1ラウンドKOで負けたとき、引退を決意したんです。プロ通算戦歴は15戦9勝(5KO)5敗1分でした。アマで5年、プロで5年のボクシング生活はとても充実していて幸せな日々でした。ボクシングを通して身につけた体力と精神力はその後の人生にも大いに役に立ちましたしね。

和歌山で自給自足の生活

──ボクサーを辞めた後は医師になろうと思っていたのですか?

いえ、医者になるつもりはありませんでした。それよりも自分の食べるものは自分で作る自給自足の田舎生活にあこがれて、知人を頼って和歌山の田舎に家族で移住したんです。仕事の方も、医者ボクサーとして有名だったのでまともに医者としての修行を積んだことのない僕のような人間でも先生と呼ばれ、老人ホームや精神病院の仕事をすぐ紹介してもらえて、ボクサー時代よりも稼げるようになりました。

田んぼも無事借りることができてすごくいい感じで望んでいた田舎暮らしをスタートさせたんですが、2年くらい経った頃、行き詰まってきました。まともに医療行為ができないのに医者として尊敬されて働くことがつらくなってきたんです。当時僕が医者としてやっていたことといえば患者さんの身の上話を聞いて葛根湯を処方するだけ。急病人が出たら救急車を呼ぶようなダメな医者だったので、もっと修行を積んでまともな医者になりたいと思うようになったんです。ちょうどそんなとき、京都の漢方病院の院長から誘われたので、家族で京都に戻ってその病院で働くことにしました。

京都の病院で漢方を学ぶ

院長は格闘技好きで、さらにボクシングも再開できたので、最初のうちはやっぱり京都に戻ってよかったと思いました。でもやっぱり漢方の病院なので、1年ほど働くうちに漢方のことはある程度わかるようになったのですが、いわゆる近代的な西洋医学の知識や技術はまったく身につきませんでした。これでは和歌山の田舎から出てきた意味がないな、医療の世界で生きていくにはこのままではダメだなと思っていたところ、京大ボクシング部の先輩で沖縄の徳洲会の救急病院に勤めている医者から「今どうしてんねん」と連絡がありました。現状を話して悩んでいることを伝えると、それなら医者としての修行ができるからうちの病院に来ないかと誘われました。まさに渡りに船という感じでその病院に転職することに決め、まずは僕一人で単身赴任して、後から家族を呼び寄せたんです。

川島実(かわしま みのる)
1974年京都府生まれ。医師。

京都大学医学部在学中にプロボクサーとしてデビュー。翌年、薬剤師の女性と結婚し、長女をもうける。3年目にはウェルター級の西日本新人王とMVPに輝くと同時に医師国家試験に合格。29歳までプロボクサーとして活躍し、引退後[通算戦歴:15戦9勝(5KO)5敗1分]、自給自足の生活に憧れ、和歌山県の農村に移住。その後京都府、沖縄県、山形県で医師として経験を積む。山形県庄内町の病院で勤務中の2011年3月、東日本大震災が発生。災害医療チームのボランティア医療スタッフに志願し、山形から毎週末、片道4~5時間かけて宮城県気仙沼市立本吉病院へ通う。気仙沼市からの強い要請で2011年10月、本吉病院の院長に就任。妻と4人の子どもたちを山形に残し、単身赴任開始。2014年3月、本吉病院を退職。現在はフリーランスの医師として週に1回程度本吉病院に勤務。これまでの活動が注目を集め、「情熱大陸」などのテレビ番組出演や新聞・雑誌などのメディア掲載多数。

初出日:2014.06.25 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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