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2014.04.01  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

20年間アメリカで暮らす

──まずは菊池さんの経歴について簡単に教えてください。

私は東京の高校を卒業してからアメリカの大学や大学院でアートを学び、アーティストとしても活動していました。その後14年間、マサチューセッツ工科大学(以下、MIT)やボストン美術館、自治体やNPO法人などで、アートと地域を融合させるプロジェクト、若者育成事業、コミュニティ・オーディエンスエンゲージメント、アウトリーチ、コミュニティづくり戦略・開発など、さまざまな仕事をしてきました。そして、東日本大震災を機に日本に帰国し、現在はクリエイティブ・エコロジーという会社を立ち上げ、これまで手がけてきたような「アートをツールとしたコミュニティづくり」をテーマに仕事をしています。その他、立教大学コミュニティ福祉学部兼任講師として毎週2コマ、1、2年生たちにキャリア形成論を教えています。


──では肩書きは「コミュニティデザイナー」でよろしいですか?

実は自分の肩書きとして「コミュニティデザイナー」が本当に適切なのか、疑問を感じる部分もありまして。今まで私がアメリカでしてきた仕事を聞いた人が「菊池さんのやってきた仕事はコミュニティデザインだよ。もし、日本で仕事をしていくのならそう名乗ったほうがいい」とアドバイスしてくれたのでそうしています。そもそも自分の肩書きや職業名にこだわりは全くないんですよね(笑)。

あいちトリエンナーレ公式コミュニティデザイナー

──日本に帰ってきてからはどんな仕事を手がけていますか?

3年に1度開催されている「あいちトリエンナーレ2013」(2013年8月10~10月27日)「揺れる大地―われわれはどこに立っているのか:場所、記憶、そして復活」という大規模な国際芸術展へ普及教育事業統括・公式コミュニティデザイナーとして参画しました。

ガイドボランティア研修中の菊池さん

いろいろなことを手がけましたが、まずエデュケーターとして大きなイベントを支えるため114名のボランティアスタッフを1年かけて育成しました。コミュニティデザイナーとしてはこれまで手がけてきたようなアートと地域をつなぐという意識で、子どもたちのための「キッズ・トリエンナーレ」というプロジェクトを立ち上げ、運営を指揮しました。単に子どもに物をつくらせるのではなく、現代アートに触れ、参加してもらうことで、そこから何かを学び取ってほしいという思いで立ち上げたのですが、たいへん好評で、会期中6万人の子どもや家族が参加してくださいました。あいちトリエンナーレのもうひとつの大きな目玉となったと思います。

会期中大勢の親子で賑わったキッズ・トリエンナーレ

──参加していかがでしたか?

たいへん貴重な機会になりました。短期間に、さまざまな分野の最前線で活躍するユニークな方々と出会え、ともにひとつのアートプロジェクト・イベントを作り上げたことは、何よりも私の財産になりました。

非公式イベントとして、「あいちトリエンナーレ2013」のキュレーター、広報らとともにアーティスト支援のための「半熟女バー」を企画。NAKAYOSIにて

コミュニティデザインとは何か

──菊池さんが手がけてきた「コミュニティデザイン」とはどんなものなのですか?

現在日本で「コミュニティデザイン」というと、経済が衰退したり過疎化が進んでいる地域を活性化させる仕事で、「コミュニティデザイナー」はそういった地域の救世主的なイメージが強いですよね。でも私の場合はそもそもアートの世界で活動していたのでアートをツールとして人の思いをできるだけ拾い上げ、人と人、人と地域をつなげ、人を主役とした街をつくるということが私にとってのコミュニティデザインです。


──「アートをツールに」とは具体的にはどういうことですか?

私は学生の頃から現代アートに取り組んでいたのですが、現代アートの概念には地域開発をする上で非常におもしろいヒントが隠れているので、そこをどう具体的に戦略に落としていくかという視点でコミュニティデザインに取り組んできました。また、コミュニティデザインの中には多数の専門職種が含まれ、多様性があるものなので、これがコミュニティデザインだと断定できるような専門領域ではないと理解しています。例えばハードの部分では建築や造園、都市計画など、ソフトの部分では心理学やソーシャルワーク、人間工学などがあり、アートもその中のひとつだと私は考えています。

つまりコミュニティデザインとは「日常生活を取り巻く環境・場所に活力を生み出すための行為=ハード」+「その環境・場所で生活する人を育む行為=ソフト」で構成されています。その中で私はソフトに比重を置いた活動をしていますが、それは、教育や心理学やアートを使ってその地域に暮らす人をしっかりケアしないと確実に地域は機能しないと思っているからです。それこそが、私がコミュニティデザインに関わるときにもっとも重視している点です。

また、私は若者を元気づけて、地域のことを理解した上で地域変革の一部になることを促すプロジェクトも立ち上げて遂行してきました。そういったコミュニティ・ユース・デベロップメントという概念も、私の中ではコミュニティデザインという領域の大切な一角を担っています。

多岐にわたる作業

──コミュニティデザインとひと口に言ってもいろいろな作業があるんですね。具体的にはどんなことをするのですか?

本当にたくさんあって、たとえば以下のようなことをします。

時間をかけて人を育てる=人材育成、リーダーシップ・デベロップメント、コミュニティ・オルガナイジング
人と人、人と地域をつなげる=アウトリーチ、エンゲージメント
さまざまな観点からものごとを見るためのワークショップや戦略づくり=プロジェクトプランニング
土地に根付いた人の話・意見をよく聞き、尊重し、想像力や工夫力を育てる
見えないもの・見えにくいものをよりよい形にし、付加価値をつけ、人=社会に還元する

ほかにもまだいろいろとありますが、プロジェクトによってやることは違います。ひとことでいうと、多くの人々とともにコミュニティをデザインして円滑にプロジェクトを進行できるようにしていくのがコミュニティデザイナーの仕事なのです。

菊池宏子(きくち ひろこ)
1972年東京都生まれ。コミュニティデザイナー/アーティスト/米国・日本クリエィティブ・エコロジー代表

1990年、高校卒業後渡米。ボストン大学芸術学部彫刻科卒、米国タフツ大学大学院博士前期課程修了(芸術学修士)後、マサチューセッツ工科大学・リストビジュアルアーツセンター初年度教育主任、エデュケーション・アウトリーチオフィサーやボストン美術館プログラムマネジャーなどを歴任。美術館や文化施設、まちづくりNPOにて、エデュケーション・プログラム、ワークショップ開発、リーダーシップ育成、コミュニティエンゲージメント戦略・開発、アートや文化の役割・機能を生かした地域再生事業や地域密着型の「人中心型・コミュニティづくり」などに多数携わる。2011年帰国。「あいちトリエンナーレ2013」公式コミュニティデザイナーなどを務める。現在は、東京を拠点に、ワークショップやプロジェクト開発の経験を生かし、クリエイティブ性を生かした「人中心型コミュニティづくり」のアウトプットデザインとマネージメント活動に取り組んでいる。立教大学コミュニティ福祉学部兼任講師、NPO法人アート&ソサエティ研究センター理事なども務めている。

初出日:2014.04.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの