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2014.03.17  取材・文/山下久猛 撮影/守谷美峰

わからないことは人に聞けばいい

──魚の仕入れや目利きなども難しそうですが。

競りの模様

仕入れに関しては築地の中で大きく2種類あります。ひとつはよくテレビなどで放映されている、ひとつの魚に対して大勢が入札するオークション形式の競り。もうひとつが仕入れ先に「この魚いくら?」と直接聞いて仕入れる相対(あいたい)取引。競りに出るのはマグロ、活魚、エビ、ウニといったもので種類は限られており、当時の尾辰商店ではそれらを扱っていなかったので相対取引だけでした。魚の目利きも最初はどうすればいいのか全然わからなかったけど、仕入先の人にいろいろ聞いたり、仕入れたものを自分で実際に食べたりを繰り返して段々わかるようになってきました。今でもわからないことは多いですが、周りに魚のプロがたくさんいますからね。わからないことは彼らに聞けばいいのでなんとかなるんですよ。

また、魚の切り方の練習もしました。お客さんの料理人と親しくなって、そのお店に昼間だけ修行させてとお願いして、魚のおろし方や、切り方、シメ方などを教えてもらってました。


──サラリーマン時代から料理はしていたんですか?

いえ、食べるのは好きでしたが、料理は全く興味がなくて自分ではめったに包丁を握ることはなかったです。でも毎日魚を切ったりシメたりすることも仕事としてしなければならないじゃないですか。必要にかられると人間、何でもできるもんですよ(笑)。

人のやらないことをやる

──ほかに修行時代に取り組んだことはありますか?

築地の人たちは朝がめっちゃ早いから夜はお酒を飲みに行ったりしないんです。尾辰商店の先代の社長も買いに来てくれるお客さんの店に行ったことがなかった。だから僕は他の人がしないことをしたろと思って睡眠時間を削ってお客さんの店に飲みに行ったんです。そしたらみんな「今まで店に来てくれるような仲卸の人はいなかった」と大喜びで、「1時起きなのにこんな遅くまで飲んでていいの?」と言いながらとてもサービスしてくれるし、1回飲みに行ったらその後も絶対うちに魚を買いに来てくれるんです。これは売り上げも上がるしおもしろいと、その後もお客さんの店に通い続けました。

そしたらどこでも、築地の魚屋がこんな時間に店におる、めずらしい、しかもめっちゃ元気やいうて、いろんな人がいろんなおもしろい人を紹介してくれて、その人たちと一緒に全国各地のいろんな漁場に行くようになったり、こんなイベントできないかなという相談を受けて、焼肉屋を借りきってさんまパーティーやったりライブハウスを借りきってポン酢のリリースパーティーやったりするようになりました。そうやって仕事しながら遊んでたら、「俺、魚屋イケるかも」という手応えを感じるようになったんです(笑)。


──やっぱり素人がプロに追いつこうと思ったら人のやらないことをやるというのは大事ですよね。築地の世界に入ってみて感じたことは?

魚屋ってやってみたらこんなにおもしろいのに、ほかの業者は商売に対してネガティブだなという印象を受けました。その大きな原因のひとつは儲かってないから。でもそれは安く売るとか営業に行かないからで、儲からない原因は自分たちにもあったんですよね。その結果、築地の場内で働きたいという人も滅多に出てこないし、跡継ぎもいなくなる。

だから仕事を楽しんで儲かってる、めっちゃかっこいい魚屋を作ったらもっと人が集まるはずや。漁業の問題もあるけど、若い人たちが望んでやりたいと思う仕事のスタイルにせなあかんなと思うようになりました。これは今も僕がもっている不変のテーマです。そのためにいろんな業界から相場よりも少し高いギャラでおもしろい人をうちの会社に引っ張ってきています。最初に引っ張ったのは住友電工で働いていた3歳からの幼なじみです(笑)

すべての人がお客様

──魚屋のどんなところがおもしろいと思ったのですか?

印刷会社にいたときもそうなんですが、印刷会社の営業という仕事は誰でもお客さんにできるんですよね。身の回りには印刷物があふれているじゃないですか。名刺や年賀状、チラシ、冊子、写真アルバムなど、お客さんが作りたいものがあれば何でも売り込めた。それが魚屋はもっと広くて、すべての人に営業できるなと思ったんです。誰でも1日2回か3回、食事をするでしょう? 3回のうち1回でもその人の胃袋を取りに行こう、つまり魚を食べてもらおうと考えたら、日本全国で1日3億9000回のチャンスがある。そう考えたら甚大なマーケットやなと。これはおもろいしやりがいあるなと思ったわけです(笑)。


──なるほど。業種ではなく、人に何かを売り込むという行為が好きなんですね。

めっちゃかっこつけると、人を笑わせるとか楽しませるということが好き。「この魚ええでっせ」と勧めて買ってもらったお客さんがまた店に来て「あの魚おいしかった~」「でしょ~あんな高いもん買ってったらそらおいしいでっせ」みたいなやりとりが好きなんです(笑)。

河野竜太朗(こうの りょうたろう)
1969年大阪府生まれ。築地仲卸尾辰商店五代目当主/リフィッシュ事務局長

近畿大学理工学部建築学科卒業後、国内大手の総合印刷会社、大日本印刷株式会社へ入社。営業、開発、企画などを経験後、2004年、35歳のとき築地で鮮魚の仲卸を営む尾辰商店に転職。2006年法人化し株式会社尾辰商店代表取締役社長に就任。経営の多角化に乗り出し、千葉そごう、横浜そごうに鮮魚と惣菜の販売店「つきすそ」を開店。2013年11月には銀座に魚料理店「銀座 尾辰」を開業。経営者として辣腕をふるう一方で、水産庁の上田氏が代表を務める有志の団体「リフィッシュ」の事務局長や日本全国の仲買人をネットワークしている「鮮魚の達人」の東京担当を務めるほか、リフィッシュ食堂の運営(現在は一時休業中)など、「魚食で世界制覇」という野望を胸に魚食文化の発展と啓蒙活動に取り組んでいる。「キズナのチカラ」「夢の食卓」「ソロモン流」などテレビ出演多数。

初出日:2014.03.17 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの