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2013.06.01  取材・文/山下久猛 撮影/村上宗一郎

大手自動車メーカーのカラーデザイナーとしてスタート

──ここからは現在に至るまでの軌跡をおうかがいしたいのですが、元々モノづくりに興味があったのですか?

そもそもはプロダクトデザインに興味があったので、武蔵野美術大学工芸工業デザイン学科に入学しました。大学では主にファブリックのデザインを勉強していました。

プロダクトといってもいろいろありますが、私は工芸よりも工業製品を作りたいと思っていました。みんなでひとつの物を作って、大量に生産し、大勢の人に使ってもらいたい、喜んでもらいたいという気持ちが強かったからです。中でも自動車が好きだったので大学卒業後は、二輪・四輪車・航空機やロボットなどの研究・開発を手がける本田技術研究所(以下ホンダ)に就職しました。入社後は四輪デザイン室(当時)の中にあった車の外装や内装の色をデザインする「カラーマテリアルグループ」に配属され、そのデザイナーとしてキャリアをスタートさせました。


──ホンダに在籍中に手がけた車を教えてください。

例えば、入社して初めて本格的に手がけた1997年モデルの「S-MX」。当時は、例えば内装が黒ならシートも黒かグレーにするという感じで、内装の色とシートの色を同系色に合わせるという手法が一般的だったのですが、内装とシートの色を全然違う色にしました。今でこそ多くの車で当たり前のように使われている手法ですが、私が手がけたS-MXがほとんど初めてだったんです。こうしたことで爆発的に売れ、第1回オート・カラー・アワォードのファッションカラー賞を受賞しました。その他、シビック、ステップワゴン、インテグラなどのカラーデザインを手がけました。そのような仕事に13年間携わりました。

CMFとの衝撃的な出会い

──当時からCMFを意識していたのですか?

いえ、CMFという言葉を知ったのは、入社してからずっと後、イタリアのミラノに出張に行ったときに現地のデザイナーから初めて聞きました。もちろん当時は知らないので、「CMFって何?」って聞いたら「え、カラー・マテリアル・フィニッシュだよ、知らないの?」みたいな(笑)。

そのときのことは今でもはっきりと覚えていますが、CMFという言葉に衝撃を受けたというかビリビリと来ました。それ以降、ずっと頭の中にCMFという言葉が残ったのです。


──そのとき私がやりたいのはこれだ、みたいな感じだったんですか?

いや、まだそういう感じではなかったのですが、その言葉の響きや考え方が気になってしょうがないという感じでした。

今後のライフプランを考え退職

明るく緑あふれるオフィス

──なぜホンダを退職したのですか?

ホンダはすごくいい会社で、いい仲間にも恵まれ、入社以来、非常に楽しくて勉強になる日々を過ごしていました。でも入社して13年も経つと「次はそろそろ管理職」というステージに来て、そのときに今後の生き方を考え始めたんです。


──現場から離れて管理職になるのが嫌だったということですか?

それもありますが、やっぱり自動車の会社は男性社会なので、女性の私からすると考え方や価値観に違和感を覚える局面が多々あったんです。つまり、女性が男性と同じように働くためには性をすごく意識して、男性の何倍も頑張らないとだめだったんです。それが管理職になったらなおさら大変になるだろうと。

それとリンクするのですが、同時にもうひとつ考えていたことがありました。会社の中である程度の期間仕事をしていると、この先の人生プランを考える局面に立たされることがありますよね。特に女性の場合は出産・育児という重大なライフイベントがあります。子どもを産むならいくつまでで、そのために今やるべきこと、やめるべきことなど、いろいろなことを考える岐路に立たされます。

当時私は35歳前後だったのですが、この先子どもを産むか産まないかを考えたとき、会社で男性陣に混じって管理職として働きながら子どもを産んで育てるというのはほぼ不可能に思えました。だからこのまま会社で働き続けるとしたら、子どもを産まない選択をせざるをえず、その選択を将来会社のせいにしそうだなと思ったんです。でも会社を辞めて独立して自由に働いていれば、産まない選択をしたとしても仕事のせいにはならないですよね。

そういったことも含め、考え始めてから2年ほどかかったのですが、もっと他に違う働き方があるんじゃないかな、もし何か違うことをしたいのであれば今だな、と思って退職を決意したんです。

独立するもしばらくは迷走

──その違う働き方が玉井さんにとっては独立という選択肢だったというわけですね。

そうですね。先ほどもお話しましたが、会社自体はすごく好きだったので、会社員でいるならホンダしかないと思っていたんですよ。だからホンダを辞めて別の会社に転職するということは全く考えていませんでした。ホンダを辞めるなら独立と決めていましたね。それで2007年、FEEL GOOD creationを設立したんです。


──やはり独立するときは、会社員時代に培った技術、つまりはCMFデザインを主軸にしようと思ったのですか?

実はですね、独立したらCMFデザイン以外にもいろいろとやってみたいことがたくさんあったんです。実際にインテリアデザインとかフラワーアレンジメントなどいろいろトライしてはみたのですが、ゼロから修行してプロになるというのは気が遠くなるような作業だと痛感しました。それで、やっぱりこれまでの13年間で身につけたスキルや実績を使うべきだと思い直し、CMFデザイン1本に絞ることにしたんです。


インタビュー後編はこちら

玉井美由紀(たまい みゆき)
1968年千葉県生まれ。株式会社FEEL GOOD creation 代表取締役/CMFデザイナー/CMFクリエイティブディレクター

武蔵野美術大学造形学部工芸工業デザイン学科卒業、 株式会社本田技術研究所へ入社。四輪デザイン室でデザイナーとして数々の車のカラーマテリアル開発に携わる。S-MXで第1回オート・カラー・アワォードのファッションカラー賞受賞、シビックシリーズで第8回オート・カラー・アワォードの技術賞を受賞。2007年、プロダクトの表面材専門のデザイン事務所「FEEL GOOD creation」設立。日本ではほとんど知られていないCMF(カラー・マテリアル・フィニッシュ)を日本で広め、日本のモノづくりを活性化させるため奮闘中。

初出日:2013.06.01 ※会社名、肩書等はすべて初出時のもの

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